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きりぎりす

太宰治

作品を、もう少し知る

妻が別れを決めるまでの五年間、夫の成功とともに変わった暮らし、最後に残る小さな声を短くまとめました。

物語を短く振り返る

妻は、不在の夫に別れを告げ、五年前からの生活を振り返ります。一枚の絵に心を動かされ、貧しい画家だった夫との結婚を選び、淀橋の小さな部屋で暮らした時期をいちばん幸せだったと語ります。

個展の成功後、夫は金歯を入れ、大きな家へ移り、客との交際や金銭に気を配るようになります。妻は、夫が岡井に頭を下げた直後、その人を悪く言う姿を見て、信じていた夫の姿と、目の前の夫との決定的なずれを感じます。ラジオから聞こえた夫の声にも耐えられず、家を出ると告げました。最後には、縁側の下で鳴く小さな虫の声に耳を澄ませます。

本文から分かること

本文は、妻が夫を「あなた」と呼ぶ一方向の語りで進みます。夫の返事はなく、夫が何を考えていたのかは直接書かれません。

妻が結婚を決めたきっかけは、一枚の絵でした。小さな庭、縁側、白い座蒲団が描かれ、その座蒲団に自分が座るような気がしたと語ります。結婚後の淀橋ではお金がなくても、二人で簡単な食事をして暮らした時期を幸福だったと振り返ります。

妻が夫の変化として挙げるのは、金歯、大きな家、三百枚の年賀状、貯金帳、客との会話など、暮らしの細部です。その一方で、夫の絵は評価され続けます。妻は何度も、自分のほうが間違っているのかと問い直します。

決定的な場面では、夫が岡井へ丁寧に頭を下げたあと、すぐにその人を悪く言います。大きな家では、夫は前日に客から聞いた絵の話を、翌日、別の客へ自分の考えのように話します。さらにラジオでは、「新浪漫派の時局的意義」を語る夫の声と、「私の、こんにち在るは」という言葉を聞き、妻は耐えられないと感じてスイッチを切ります。妻は、夫の成功後に増えた振る舞いを一つずつ挙げ、信じていた夫の姿と、目の前の言葉が合わなくなったと語ります。

最後に妻は、縁側の下から聞こえる虫を「こおろぎ」と呼び、その声を背骨にしまって守ると語ります。題名と結びつく箇所では「きりぎりす」と呼びます。ただし、自分もどこか違っていると思いながら、どこが違うのかは分からないままです。

ことばと時代

二科会
本文で夫が会員になり、のちに脱退する美術団体です。二科美術展覧会の第1回展は1914(大正3)年に開かれ、翌1915年に会員組織として二科会が創立されました。
太宰自身のあとがき
太宰治は1946(昭和21)年のあとがきで、『きりぎりす』を1940年の秋に書いたと振り返っています。まとまった収入を得た自分が「原稿商人」になるのではないかと不安になり、自分への戒めとして書いたと説明しました。特定の流行作家を攻撃した作品だという当時の噂は否定しています。これは、発表から約六年後に太宰自身が書いた説明です。
作品の発表
『きりぎりす』は、1940(昭和15)年11月、雑誌『新潮』で発表されました。
出典と参考資料

読んだあとに

なにか思ったことがあったら。

感想でも、まとまっていない考えでも、ちょっとかっこつけたポエムでも。

次の刺激へ行く前に、今のうちに書いとく。

思ったことを書く

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よだかの星宮沢賢治 約13分